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本を通じて、頭や心のマッサージをお届けします

時間があっても本が読めない!?──三宅香帆×ヨシタケシンスケ×原田ひ香が教えてくれる「読む余白」

通勤時間や休憩時間など、わずかな隙間時間はあるのに…。

ページを開いても頭に入ってこない。

「もっと時間があれば本が読めるはず…」そう思っていた。

でも、丸一日休みがあって時間がたっぷりあっても、結局読めない。

この状況にイヤな気分まで重なると、さらに「本を読む」という選択肢が消えてしまう…。

いったいなぜ、私は本が読めなくなってきているのだろう。

今回は、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』から「読めない正体」とは何かを考えてみます。

そして、その正体がわかったあとは、まず今の心をととのえるために応急処置をするのが大切。そこでおすすめしたいのが、ヨシタケシンスケさんの『ころべばいいのに』『ヨイヨワネ(うつぶせ編)』です。

更にそのヨシタケシンスケさんの絵本で少し心を整えられたら、次は頭の片隅に置いておきたい「感情の処理の仕方」を疑似体験できる原田ひ香さんの小説『その復讐、お預かりします』をご紹介したいと思います。

ではまず、本が読めなくなった正体を突き止めるために、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』からはじめましょう。

Story1:三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』──本が読めないのは『働き方』。無意識に心の余白を手放していた

「もっと時間があれば本が読めるはず…」と思い込んでいた私に、それは違うよと気づかせてくれたのがこの本。では、本が読めない正体は何だったのか?

それは時間ではなく、心の余白だったんです。

三宅さんは「全身を預けてしまう働き方を続けると、気づかないうちにどんどんと自分の心の余白が失われていく」と言います。気力も集中力も仕事に持っていかれてしまえば、いざ休憩となっても、本を開く気力すらわかない。せいぜい、ぼんやりとスマホを眺めることしかできないのです。

そう、無意識に働き方のペースに自分をあわせてしまっているので、心身とも疲れ切ってしまうんですよね。要は「読書ができない」というのは、自分が頑張りすぎていて心の余白がなくなっていることのサインだったのです。

更には、そんな頑張りすぎているうえにイヤなことが重なれば、ますます「本を読む」という選択肢は消えていくのも当然です。

だからこそ、三宅さんは「半身で働く」ことを勧めています。すべての力を仕事に捧げるのではなく、自ら「余力」を残す働き方をする。

それは理想ではあるけれど、実際には「余力を残す=手を抜く」と思えてしまったり、休みを多くとるなんて会社員であればなおさら、ハードルが高いですよね。

だったら、少しでもマシな状況、すなわち少しでも心の余白をまずは取り戻す方法を探して、それから「半身で働く」ことについて自分なりに整理していった方がいいのではないでしょうか。

そこで次に紹介したいのが、疲れ切っているうえにイヤな気分が重なったときにこそ側に置いておきたい一冊

読み終わったあとには、肩の力がスーッと抜けて、気づけば心に少し余白が戻っている──そんな応急処置になる絵本です。

Story2:ヨシタケシンスケ「ころべばいいのに」──心の余白ゼロ✕イヤな気分にも効く応急処置本

まずは、ヨシタケシンスケさんの絵本『ころべばいいのに』をご紹介します。

この絵本は、心の余白ゼロ✘イヤな気分。そんなつらいダブル症状のときでも、スーッと心に効いてくる、いわゆる応急処置にぴったりの本なんです。

ページをめくるたびに「わかる…」「そうそう」と心の中でつぶやいてしまう。

✧ 例えば、とてもつらい出来事があったら──

みんな いしにつまずいて ころべばいいのに。

ちょっと罪悪感はあるけれど、「石」というスケール感がどこか可笑しくて救いになります。「わかるーーー」と笑いながらうなずける瞬間。

そして、こんなページも。

✧ とてもつらい出来事があって、いろいろダメだった日には──

冷蔵庫のドレッシングをふる。

その手があったか…と、イラストを見ながらクスッと笑えてくるんです。

さらに、イヤなきぶんをこんな表現で描いた文章も。

✧ イヤなきぶんって──

『とつぜんの どしゃぶり』 みたいなものかしら。

そう、イヤなことがいつ起こるかなんて誰も予想ができません。だからこそ、日頃から“自分を回復させるための小さな道具”を持っておくことが大切。この絵本は、その道具のひとつとして本当に心強い。

少しずつ気持ちを回復させていくと、「どうしようもない日」にも選べる道が見えてきます。そのとき初めて──これからどうしようかな?と考えられる。

そうやって自分に合った生き方を決められるようになるんです。

そして、その余白をさらに広げてくれるのが、もう一冊の『ヨイヨワネ』です。

Story3:ヨシタケシンスケ『ヨイヨワネ(うつぶせ編)』── 弱さを笑いに変える、小さな反抗心

少しずつ回復して、ほんのわずかに余白が戻ってきたら──。

そこでようやく、“ちょっと笑える視点”を受けとめられる余裕が生まれてきます。

そんなときにぴったりなのが『ヨイヨワネ(うつぶせ編)』。

この本は、絵本のように即効性のある応急処置とは少し異なります。

日常のちょっとした弱さやクセをクスッと笑いに変えてくれることで、自然と心のスペースが広がっていく──そんな一冊です。

今回は、原田ひ香さんの本ともつながるキーワード「復讐」が出てくるページを選びました。

なお、このスケッチ集は電子書籍版も販売されています。

ここでは、スマホで読んだ際のスクリーンショットをご紹介しますので、電子書籍での見え方もぜひ参考にしてください。

さぁ、ヨシタケシンスケさんは「復讐」という言葉をどのように表現してくれるのでしょうか!?

出典:『ヨイヨワネ(うつぶせ編)』ヨシタケシンスケ(筑摩書房)

出典:『ヨイヨワネ(うつぶせ編)』ヨシタケシンスケ(筑摩書房)

セリフはたった二言。

「精が出ますネェ。」
「ハイ、復讐なんで。」

えっ!?復讐!? 何それ。このギャップが面白い。

ここでの「復讐」は、もちろん物騒な意味ではなく、「ちょっと見返してやろう」──そんな軽い意地や反骨心。

例えば、子供の頃、母親に「遊んでばっかり。勉強しなさい!」と怒られた後、「遊んでばっかりじゃないし。やってるし。ほら。」と心の中で反抗して、なぜか猛勉強する──あの感じ。

すねて「別に」という言葉で今の嫌な気持ちを表すのではなく、ちょっとひねってユーモアに変える。

この普通なら言えない「復讐なんで」という言葉には、自分のスッキリしない感情や、小さな不満を、あえて大げさな言葉にして笑いに変える力があります。

ヨシタケシンスケさんは、「復讐」という言葉を見事ユーモアに変えて表現してくれました。

一方で、次に紹介する原田ひ香さんは、同じ「復讐」という言葉を使いながら、もっと大人の感情の奥深さを描き出してくれています

ここからは、イヤな気持ちをどう扱えばいいのか──。

私たちがやりがちなイヤな感情を感情のままに爆発させるのではなく、まるで和菓子を仕立てるように処理してもらう物語、『その復讐、お預かりします』をご紹介します。

Story4:原田ひ香「その復讐お預かりします」──復讐心を通して見えてくる、人の弱さと強さ、そして感情のととのえ方

ヨシタケシンスケさんの『ヨイヨワネ』に登場した「復讐なんで」というセリフ。
あれはユーモアに変換された小さな反抗心でした。

けれど私たちの日常には、もっと複雑で、もっと処理に困る“イヤな気持ち”があります。

笑いに変えて流せるものもあれば、心の奥に沈んでしまうものもある。

私たちは、思っている以上に理性的な生き物ではありません。

そこで手に取ってみたいのが、原田ひ香さんの小説『その復讐、お預かりします』です。

「復讐」という強い言葉に添えられた、「お預かりします」というやさしい響き。
この距離感こそ、原田ひ香さんらしさです。

物語に登場するのは、「どうしても復讐したい」と強い思いを抱く依頼人たちと、ちょっと風変わりな“復讐屋”成海慶介。

彼は、決して派手な仕返しをするわけではなく、依頼人の感情に寄り添いながら、納得できない感情や整理できない不満を、静かに整えていく手助けをする存在です。

それは、もはや「復讐」と呼ぶには穏やかすぎる行為。

まるで、心の奥底に沈みきってしまった感情を、上質な和菓子を仕上げるように、そっと丁寧に片づける──そんな物語なのです。

◆誰もができる復讐ではないけれど──最終章に込められた、現実と希望

この復讐のあり方をどう受け取るかは、人によって大きく違います。中には「きれいごとだ」「現実離れしている」と感じる人もいるでしょう。

それでも、最終章までじっくり読んでほしい。

なぜなら、現実には誰もができるわけではないこの復讐の難しさと、その苦悩を、主人公と共に働く 神戸美菜代という人物を通して疑似体験できるから。

そう、この疑似体験こそ、読書の最大の魅力だと思います。

最終章を読み終えたとき、こう感じるはずです。

「筆者の原田ひ香さんも、現実にはこの復讐のやり方は難しいと感じているんだな」と。

それでもなお、筆者が私たちに伝えたいこと。

それは、「怒りには、暴力ではない別の処理方法がある」ということではないでしょうか。

この方法は知っているだけでも意味がある知識だと思います

なぜなら、この「疑似体験」と「知識」を組み合わせることで、あなたが人生でピンチに直面したとき、 ちょっとしたお守りになるかもしれないから。とはいえ、その体験と知識を得るには、読書が必要。

でも、心に余白がないと、それができません──。

Epilogue:今の自分にあった形で、『読む余白』を取り戻す

三宅香帆さんが提案するのは、「半身で働く」という考え方。
全部を仕事に預けず、どこかに“自分”を残すことです。

そのためには、まずは「今の自分に合った形」で読む余白を取り戻すこと。

本が読めなくなってきたなぁと感じたら、三宅香帆さんの本を手にしてもいい。
疲れ切っているときは、SNSを眺めるよりもずっと優しい、ヨシタケシンスケさんの一コマをひらいてみるだけでもいい。
少し元気が出てきたら、原田ひ香さんの小説のように「怒りの片付け方」に触れてみるのもいい。

人は、合理性では測れない感情を抱き、時に衝動的な行動をしてしまうもの。
だからこそ、半身で働き、自分を残す。そして、心に余白を作りながら読書をし、その読書から疑似体験を得る──。
この流れが、きっとあなたをしなやかにしてくれる。

やはり、読むことは、あなたの余白を取り戻すための一歩です。